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| 僕は高校生活を5年間過ごしました。前に通っていた高校で2年。ネムで3年。 今思えば長いようで凄く短い高校生活でした。初めてネムに行った日のことは今でも良く覚えています。 岸和田先生と中川先生に会って、その親しみやすい雰囲気から、 「えぇ〜っと…。この人、学校の先生か?そんなわけない。」という印象をもちました。 が、その人こそが、これから僕の大切なパートナーになってくれるネムの先生でした。 初めは週3回くらいのペースでネムに通う予定でしたが、気付けば僕は、毎日ネムに通っていました。 それはネムが普通の高校と違って、自分で学習計画を立て、自分のペースで勉強が出来たり、先生が生徒の目線で 物事を見てくれるなど、他の学校にはない良さをたくさんもっているからだと思います。 親しみやすい先生や友達に囲まれて、ネムではいつも安心して過ごすことが出来ました。 僕はネムに来て初めて、「学校って楽しいなぁ」と思えるようになりました。 このように僕は、毎日、朝から夕方までネムで過ごしましたが、日常以外の全ての行事にも参加しました。 毎年、夏祭りのボランティアでは、地域の様々な年齢の人と仲良くなることができ、 スクーリングでは、毎回、内容の濃い授業を受けることができました。 それから、修楽旅行にも3年続けて行きました。毎年違う友達と新鮮な気分で旅行に行けたのですが、 それと同時に、年々、一人だけ残ってしまう寂しさもこみあげて来ました。 楽しさや寂しさなど色々な思いを感じる旅行でしたが、 1年1年違う友達と行った旅行の思い出を心の中に大切にしまっておきたいです。 文化祭では、ふだんあまり会えない野村先生の話を聞きました。 そのお話では、野村先生が常にネムの生徒のコトを考えてくださっているというのが良く伝わってきました。 普段会えない分、会ったときにはいつも多くの想いを伝えてくださった野村先生、ありがとうございました。 また、僕は文化祭で3年間実行委員をまかされました。1・2年の時は裏方に徹しましたが、 3年では、ダンスを披露しました。文化祭までの二ヶ月間、昼間は受験勉強、夕方はダンスの練習で 毎日がとても充実していました。時には仲間と意見がぶつかり合うこともありましたが、話し合って困難を乗り越えました。 毎日体が壊れる限界まで練習をし、とてつもなく体が痛かったですが、それ以上に楽しさのほうが大きかったです。 本番では少し失敗もありましたが、会場の雰囲気も盛り上がり、全体では成功したので、とても良かったです。 素人でもみんなで力を合わせて一から積み重ねる努力を続ければ、こんなに素敵な結果につながるのだ、ということを 知り、とてもいい経験になりました。僕にそれを教えてくれたダンスを、これからもぜひ続けていこうと考えています。 僕がネムに入って充実した毎日や友人以外に得た、大きなことといえば、やはり将来の目標です。 昔から看護師にはなりたいと思っていたのですが、様々なことに関心がわくようになり、 いったいどうしたらいいのか分からなくなったこともありました。でも岸和田先生に相談し、 色々と話していくうちに「やはり、僕が本当になりたいのは看護師なんだ」ということをはっきりと自覚しました。 そして、看護師になろうと決心しました。僕は幼い頃から患者さんの事を第1に考える母の姿を見て、 尊敬の念を抱いてきました。母のような立派な看護師になるコトを目標として、毎日朝から夕方まで勉強に励み、 また、勉強以外の面でも、誰に対しても優しく接し、相手の立場で物事を見る事ができるように努力をしてきました。 1回、2回と看護学校の受験に失敗しましたが、それでも僕はあきらめませんでした。 今自分が持てる限りの力を出し切り、看護に対する熱い想いを伝えることができれば、 必ず合格すると信じて、今までどおり努力を続けました。するとその努力が実り、3回目の受験で やっと合格することができました。しかし、まだ看護師になったわけではないので気は抜けません。 もちろん看護師になってからも気を抜きません。これからも誰に対しても優しく相手の立場で物事を 見るコトができるような看護師になるために日々努力をしていきます。 今、僕は看護師になることを決意していますが、もしネムハイスクールという学校がなかったら 今の僕はいないと思います。これから先、色々と困難があるとは思いますが、もし、辛くなったら、 ネムで過ごした三年間を思い出して頑張ろうと考えています。そして立派に成長して、 今度は僕が感謝されるような看護師になりたいです。自分がこれだけ変われたということに自信を持ち、 これからも進化し続けていきます。最後になりましたが、先生方、本当にありがとうございました。 言葉では表しきれないくらい心の底から本当に感謝しています。本当にありがとうございました。 |
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これは、高校時生活三年間を振り返ってみたとき、思い出に置き換えることができる言葉です。 ネムハイスクールで過ごした日々を思い出すと、様々な出会いに恵まれていたなと感じます。 心に残っている出会いとして、最初に思い浮かんだのは、ネムのスタッフとの出会いでした。 ネムには、個性的で親しみやすいスタッフばかりで、僕が入学して初めてかかわったスタッフは、前田さんでした。 前田さんと会ったとき、包容力のあるあたたかい先生だなと思いました。 普段はなかなか人とうちとけることができない僕ですが、前田さんとはすぐに仲良くなりいろんな話をしました。 時には母のような深い愛情で、また、時には彼女の時には彼女のようなメールをしてくれる前田さんは、 先生というより友達のようで、それまで会ってきた先生たちとはずいぶん違い、とても信頼していました。 三年生になり、進路について真剣に考え始めようとした頃、二年間お世話になった前田さんが、週一回の 勤務になり、その後山口校に移動された為、徳山校は新しいスタッフのみが残ることになってしまいました。 また、移動により山口校からもスタッフが来るようになり、僕の周りには多くのスタッフがいるけれど 以前の前田さんのような深い信頼を築くことができるか、どうか悩んでしまうこともあり、受験をひかえ、精神的にも 不安になりました。そのうちやってくる進路についてもどうして良いかわからなくなってしまう時期もありました。 しかし、周りのスタッフとかかわっていくうちに、だんだんうちとけ、進学に必要だった面接試験の練習にも、 熱心に付き合ってくれ、無事、志望校に合格することができました。 今となっては、スタッフみんなにとても感謝しています。 また、ここではかけがえのない友達との出会いがありました。入学当初、人見知りの僕は、 なかなかクラスメイトとうちとけることができず、一人で黙々と学習していました。 しかし、友人との出会いにより、教室に足を運ぶ回数が増えました。ネムの友達は、みなとても個性的で、 彼らと話すことで新たな発見をしたり、自分を見つめることができました。 また、彼らと話すうちに様々な価値観の相違に気づき、相手を認め、受け入れようと努力するようになり、 人間的に成長できたと思います。 ネムハイスクールでは、学習を自分のペースで計画的に進めることができます。 それによってできた時間を有効に利用し、他の学校ではできないようなことをたくさん経験できました。 僕は小さい頃から海外に対して強い興味がありました。高校三年生で行った国は全部で四カ国です。 その中でもドイツの旅が心に残っています。それまでの旅とは違い、往復航空券のみを持ち、 兄と二人きりで行きました。頼る人もいなくて、とても心細かったけれど、そこでもいくつかの「出会い」がありました。 また、がくがい学外で所属しているサッカーチームで韓国へサッカーの遠征に行き、ホームステイを経験しました。 海外へ行き、日本と異なる文化に触れ、いろんな発見ができ、視野を広げることができました。 また、いろいろな国の人たちと出会えたことも、僕を大きくしてくれたと感じています。 ネムハイスクールでの出会いはどれも印象的なものでした。僕自身、入学したてのころよりも、 内面的に成長しているなぁと感じていますが、僕をここまで大きくしてくれた出会いはここだからこそ 得られたものだし、ネムに来て本当に良かったです。 野村さん、 ネムハイスクールという他にはない、楽しい学校をつくってくれてありがとうございます。 そこで出会ったスタッフのみなさん、 何事にも熱すぎるところはあったけど、情にもろく、いつもあたたかい 岸和田さん 受験のとき、不安な僕のために、下校ぎりぎりまで指導してくれた、 安部さん・針間さん。野呂さん・秋本さん。 僕のことを一番よく知っていて、いつも励まし支えてくれた 前田さん。 みんなに感謝しています。 また、今の自分があるのは両親のおかげだと感謝しています。いつもそばで見守っていてくれてありがとう。 今日で、僕のネムハイスクールでの三年間は終わります。 しかし、この卒業式は「別れ」と同時に新たな「出会い」の始まりです。 僕は自分の夢の実現のため、また、さらなる成長のため、新たな出会いへと歩み続けます。 ネム ありがとう。 |
| 私は前の学校で 友達とのことをきっかけに、一番信頼していた先生から屈辱を受け、何度も過呼吸に陥りました。 学校にも行けなくなり、カウンセリングに通いながら、自分との葛藤の末、転学を決めました。 いろいろな学校を探しましたが、専門科へ進んでいたため受け入れ先がなく、先が見えない状態でした。 そんな中、母が五,六年前に野村さんの講演を聞いた事を思い出し、ネムハイスクールに入学するきっかけとなりました。 入学当初、人が信じられなくなった私は、人が怖く、電車にも乗れず、学校になかなか行く事ができませんでした。 祖父の送り迎えでなんとか行った日も教室に居ることが耐えられず、泣く日々が続いていました。 そんな時、カウンセリングの先生の薦めで、コンビニのアルバイトを始めました。 週六日のアルバイトを始めたことがきっかけで、電車にも乗れるようになり、又、空いている時間に少しずつ 学校へ行ったりと、毎日が充実していました。 しかしバイト先でも対人関係で過呼吸になり、辞めざるをえませんでした。 その頃、学校では将来についての面談もあり、これで良いのかと少し焦りがありました。 勉強をする習慣もなく、始めは椅子に十分以上座ることも出来ず、問題すら解けませんでした。 何度も泣き、自分の無知さに腹が立ち、人に当たっては困らせてばかりで学校が嫌でした。先生、皆ゴメンね。 日が経つにつれ、私は介護福祉士の母の影響で、中学二年生の時に、介護の世界に興味を持っていた事を思い出し、 将来への希望がよみがえってきました。 将来の希望、それは作業療法士になることです。心身共に患者さんに寄り添い、助ける仕事、 これこそが私の就きたい職業だったと、ネムで生活していく中で思い出し、決意を新たにしました。 そして私は猛勉強の末、山口コ・メディカル学院の作業療法学科に合格しました。 この一年半で私は、人とのかかわりなしには生きて行かれない事、生きていくためには心・優しさが 必要だという事を学びました。 辛い時、苦しい時、私の八つ当たりを一身に受けとめてくれ、更にパニックに陥っても、 自分が気付いていない部分を 冷静にさとしてくれたお母さん、ありがとう。心配のタネが多い娘でゴメンね。 そして友達。どんな時も私は一人じゃなかったよ。相談も愚痴も話せる人は周りにたくさんいた。 自分では気付いていなかったけど、それは決して当たり前のことではなくて、とてもありがたいこと。 ネムで出会った友達をこれからも大切にしたいです。 最後に岸和田。しつこい岸和田。口うるさい岸和田。気分の波が激しい岸和田。私と似ている岸和田。 普段の面談では、精神的に支えてくれる岸和田。受験の前日、電話してきてリラックスさせてくれた岸和田。 どうでもいいと投げ出す自分をひきとめて、しっかり向き合ってくれる岸和田。 小さいことから大きいことまで、色々ありすぎて思い出せません。 今改めて何を言っていいのか分からないけど、ありがとう。 私はネムハイスクールを離れるのが寂しいです。怖いです。居て当たり前の存在だった人達が、居なくなるのが不安です。 自己中心的で、短気で、すぐ泣く私。 でもこれからは、自分の足で一歩ずつ、過去は過去として振り返らず、前を向いて大人になって行こうと思います。 そして、人の痛みがわかる強い人間になりたいと思います。 今自分がここに居るのは、友達や家族、ネムハイスクールの先生方のおかげです。 あんな状態の私を受け入れてくれた、この学校に感謝するとともに、最後まで喧嘩し勇気づけてくれた岸和田に 感謝したいです。ネムで過ごした一年半は、私にとっての宝物です。本当にありがとうございました。 |
| 僕は高校2年の8月に転校してネムに来ました。今、僕の高校生活が終わろうとしています。 振り返ってみると、あっという間に時が過ぎ去り、まだ卒業という実感がわいてきません。 僕は、前に通っていた高校で一年半、ネムで残りの一年半を過ごしました。 最初にネムに来たときは、これが高校なのかなぁと思って驚きました。 けれどもそのおだやかでゆったりとした空間が私にとても落ち着きを与えてくれました。 そして、気がついたころには、その雰囲気になじんでいました。 ネムに転校をする前の学校では、中学校から続けていたバスケットボールの活動が中心で、 自主的な勉強はあまりしていませんでした。でもネムハイスクールに入ってからは、 少しずつですが机に向かう習慣が身につきました。 クラークの課題は早めに終わらせるようにして、一般教養を深めるために、履修科目にかかわらず、 様々な科目の勉強に取り組みました。ネムのスタッフにアドバイスしてもらって、自分で計画を立てて 実行する、という学習を積み重ねることで、自分の中の学習意欲が、日々高まっていくのを感じました。 特に苦手な教科の英語を勉強することを通じて、少しずつですが継続して学習をすることやコツコツと 努力を積み重ねる大切さがわかってきました。そのうち、学ぶ楽しさを知ることができて、 勉強をすることが面白くなってきました。 そこで興味のある経済のことを学べる広島経済大学の受験を決断しました。推薦入試ではありましたが、 学科試験がなく面接と調査書で評価されるので、ネムのスタッフと面接の練習を何度もしました。 その結果、志望大学に合格することができました。これからの大学生活がとても楽しみです。 大学に入学してからは、大学に毎日行って授業を受けるだけでなく、自主的に資格取得等を目指して 目標を定めて頑張りたいと思っています。また、勉強だけでなく高校を転校する際に辞めてしまったことを 後悔しているバスケットボールに、大学に入ってからもう一度挑戦してみたいと思っています。 将来の目標は、まだ完全に定まってはいませんが、だからこそこれからの大学生活を大切に過ごし、 充実したものにしていきたいです。大学に行ってもここで学んだ継続することの大切さと、 自主的に物事に取り組む姿勢を忘れずにいたいと思います。 一年半ありがとうございました。 |
| 私はネムに入る前、ただひたすら友達と夜通し遊び歩いて、やりたい放題に生活していました。 もちろん私の両親にはとても迷惑をかけました。勉強するなんて考えもしていませんでした。 それでも私の両親はネムを探して私にすすめ、少しずつでもいいからということで、 私は野村先生の所へ面談に行きました。野村先生は私を見て、ここでは言えませんが、あることをおっしゃいました。 野村先生は、私の精神状態をよく理解してくれていたのでとても嬉しかったです。 そして私はネムへ入学しました。私は相変わらずの生活を続けていましたが、週に二日と決めて、 学校に通うようになっていました。週に二日行ったり、行かなかったりひどい時は一ヶ月以上行かない時期もありましたが、 その時の私の生活に勉強が加わっていたことは、今思えばひとつの成長だったのだと思います。 そして私は三年生になりました。それでも私は、就職とか進学とか考えることもなく遊び歩いていました。 私にも看護士になりたいという夢はあったのですが、勉強するのがたいぎいという気持ちで、あきらめていました。 でも、夏も終わる頃になって、少し将来を不安に思うようになっていました。でも勉強するのが嫌だったので、 ただの気まぐれでフラワーアレンジメントになろうと思いました。先生に、色々調べてもらっている頃 たまたまテレビの再放送で病院の話を見て、やっぱりあきらめたくない、看護士になりたい、と思いました。 それからの私は、今まで避けて来た勉強を必死になってやりました。 嫌になったりすることもしょっちゅうありましたが、その成果がでたのか、駄目もとで受験した一次試験に合格し、 看護士への一歩に踏み出せました。 きっとネムに来ていなければ、将来を不安に思う事すらなかったと思います。やればできるんだと分かりました。 これからは、今までみたいに挫折することなく、自分の力を信じ、目標を見失わないようにして、 看護士になる夢をかなえていきます。今日まで、ありがとうございました。 |
| 僕はネムハイスクールに来る前は、下松工業に通っていましたが、その頃の僕は今では記憶にない程、無気力でした。 だから学校なんてどうでもいい、と入学して一年の経たないうちに、辞めてしまおうと思っていました。 ネムに来ようと思ったのは、先に入っていた友だちにネムのことを聞いたからです。 ネムに行かなかったら、県外の高校に行かされる予定だったのです。 ネムに来てからの僕も、やっぱり「どうでもいい・・・」という感じで、初めの頃はただ教室に 顔を出していればいいんだ、という学校生活を送っていました。そして将来のことなど全く考えていなかったので、 2年生になってからも進路のことは頭にありませんでした。そんな僕が進路について考えるようになったのは、 3年生になってしばらく経ってからのことでした。以前より興味があった「柔道整復師」の道に進もうと思い始めたのです。 元々「このままじゃいけない、かわらなきゃいけない。」という気持ちが自分の中にあったのですが、 目標を持つことによって僕は変わることができたのだと思います。 何かに向かって「やるぞー!!」という気力は本当に大切なんだと実感しました。 僕は四月から広島の専門学校に行きます。今まで通りではいけないので、とにかく精一杯頑張るしかないと思っています。 最後になりましたが、野村先生をはじめ、他の先生方、本当にありがとうございました。 そして自分が関わってきた人達、自分をここまで育ててくれた両親、本当にありがとうございました。 僕はこれから、もっともっと頑張って色んな意味でデカい人間になります。みなさん、約三年間お世話になりました。 |
| 僕は中学生の頃から学校の先生のことをあまり好きになれませんでした。 顔をあわせればすぐに叱られ、うわべだけで叱っているのだと思っていました。よく反抗もしていました。 自分の事を真剣に考えてくれていても、それをうまく感じ取ることも出来なかったからです。 将来に対して計画や目標もなく、「就職なんてどうにでもなるだろう」と甘い考えを持っていたのも事実でした。 高校三年生のとき、ネムハイスクールに通うことになりました。新しく出会った先生は、 これまで出会ってきた先生とは全く違っていました。歳が近かったということもあり、 すぐに信頼関係を築くことが出来ました。反抗する自分に対して最後まで諦めずに話をきいてくれました。 そして、僕の中で、学校や学校の先生という存在に意味が変化しはじめたと同時に、自分の中にあった 適当に考えていた人生が正反対に進みだしました。今まで出会ってきた先生の苦労が少しは理解できるようになりました。 教師という職業に対する興味とあこがれが膨らんでいきました。そして、信頼している先生からの将来の目標として 「教育者」という道もあると進められ、教師を目指そうと考えはじめました。 ネムハイスクールに通って変わった事は沢山あります。文化祭実行委員をしたこと、ボランティアに参加したこと、 規則正しい生活が出来るようになったこと、アルバイトが長続きするようになったこと、信頼できる友だちができたこと、 そして、自分が正しいと思っていたことの中にも、いくつかの間違いがあったことに気づいたこと。 卒業後、徳山大学に進学することが決まりました。僕はネムハイスクールで体験したように将来子ども達に、 同じような素晴らしい体験をさせてあげることが出来るように、自分自身を磨いていきたいと思っています。 僕の目標は、生徒に信頼されるそして、生徒と共に成長していける「先生」になることです。 |
| 中学生時代、ずっと不登校で、ふつうの高校に行くというイメージがありませんでした。 ネムならやれるだろうと、担任の先生にすすめられて、入学しました。 高校時代の前半は、中学校の勉強のやり直しでした。歴史の勉強をしていて世界史に興味を持って、 大学に行ってみたいと思いましたが、無理だとあきらめていました。 でもネムの先生は僕を支えてくれて、九州産業大学に現役で合格してしまいました!! 大学生活が不安になったら、「大丈夫、平気、平気!!」というネムの先生の口ぐせをまねしてみます。 |
| 友だちからきらわれないように、自分を押し殺して、はしゃいでいました。いっぱいいっぱいでした。 心療内科の先生が、ネムを教えてくださいました。 はしゃがないでいる自分に、かえって不安になりました。 でも、ネムに来ている子たちは、そのままの自分でいても、私を攻撃したりしませんでした。 自分が自分らしくいられることが、安心でした。 ネムの進路面談で、「人を支える仕事が向いているんじゃないか」と言われて、 あきらめていた保健室の先生になろうと、自分で決めました。 短大に合格したけど、本当の先生になるために、学生時代は勉強に集中していきます!! |
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Copy lights NEM HIGH SCHOOL 2007
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