| 1. 今日のはじめに |
強い者が生き残るとは限らない。頭のいい者が勝ち残ったわけではない。
変化した者が生き残ったのだ オレがこんなこと言うと「またアホな野村がヘリクツこきよる」と
相手にもされんじゃろうけど、それってダーウィンの言葉だ。するとあれか、
「へへー、そのとおりでゴゼーマス」になるか?(笑)あんまし権威に左右されんのど(笑)。
進化論のダーウィンて言ってはみるけど、オレ、ほとんど何も知っちょらん。
ただ、進化といい変化といい、オレのチェンジビリティ理論をザクッと表現してくれちょるから
引用しておきました。今日は、ブチ速い技術革新のスピードと地球規模でのつながりの中のヤドカリという
前回のお話しをもうちょっと続けていかせてください。たのむからじっくりと読み込んでちょーだいね。
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| 2. で、ヤドカリ |
あたりまえのことだけど、ヤドカリって、大きくなるから、貝がらを変えるんど。
オレ、ちょうど今の君たちの年ごろの時、「学校を創りたい」と思うたんヨ。17歳だった。
でも、すぐには創れそうにないから、とりあえず大学に行った。それから30年がたったけど、
まだ学校は創れちょらん(笑)。あと30年がんばったら、できるかもしれんし、できんかもしれん。
どうなるかわからんけど、オレはオレの人生を頑張ってやっていこうと思うちょる。
で、オレのヤドカリだけど、少しずつは大きくなりよるみたい。大学に行ってた時よりは、ずいぶんと
教育のことが見えてきてるし、思春期の心理とか病理とか、オレなりの理解が進みよる。

30年かかった。オレは平凡な人間だからそれだけ時間がかかったんじゃろうけど、とにもかくにも、
オレの30年はチェンジビリティの連続じゃった。
30年かけてオレのヤドカリが少しずつ大きくなって、目に見えるカタチでいうと転職、
目には見えない部分で意識、それが変わっていった。オレのヤドカリは、
なして大きくなっていったかっちゅーと、「どーすればいいのか」と、自分の中で繰り返して
きたからなんやと思う。その一点で、オレの立ち位置は変わっちょらん。
チェンジビリティを主張しながら「変わっちょらん」って言うとなんかヘンだけど、
変わらないから変わっていける、の。ここんとこの解説は、次回に別に伝えるとして、
オレ的な「どーすればいいのか」をさきに言うちょくね。
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強い者が生き残るとは限らない。
頭のいい者が勝ち残ったわけではない。
変化した者が生き残ったのだ。 |

■ダーウィン(イギリス/博物学者1809~1882)
人間は猿から進化したで有名な「種の起源」を
あらわし、進化論を生み出した人。22歳の時に
ビーグル号で世界一周の生き物観察の旅をした。 |
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| 3.どーすればいいのか |
大学生の時、家庭教師をしたことがあってさ、高校生の数学を教えたことがあったんよ。
ちゃうか、英語を教えに行っちょった高校生に、数学の質問をされたことがある、が正しい。
オレって私立大学文系のノーミソだから、高校生の数学をカテキョーできるわけないんだけど、
その時はいきさつでやってしまった。
三角比がわからんっていってたその高校生に、教科書ひらいて三角比を教えよった時ね、
「わからない」と言われた。そう言われたら、立場上「どーすればいいいのか」となるわいね。
で、教科書の公式をもういっぺんなぞったけど、やっぱし「わからない」と言われた。
ほんでもってますます「どーすればいいのか」となった。
オレ、そんときフッと思ったんだけど、「コイツ、分数がわかっちょらんのじゃないか?」って。
そいつの分数のイメージは「リンゴがひとつありました。そのリンゴをふたりで分けて食べると1/2」。
すると、1/2÷1/3は、「リンゴニブンのいっこと、サンブンのひとりがたべるってなんじゃ?」と
なってて、思考が停止するみたいじゃった(笑)。
分数って、「分ける」んじゃなくて、「くらべる」んよね。1という分量を2という分量とくらべたら、
どんだけにあたるのですか---これが1÷2のイミ。1を2とくらべるのとおんなじで、1/2を1/3とくらべるのが、分数のわり算なんよ。

じゃから、分数のわり算って、ひっくりかえしてかけ算する。
だって、くらべる基準の方を分子に持ってくる、くらくらべる相手の方を分母に持っていくんだろ?
そうして、くらべっこする、つまり、比のあたいを出すの。すると

サンブンのイチブンのニブンのイチ!1/2を1/3とくらべちょるんよ。
でも、このままじゃ数字がキタナイから、分母をきれいにするの。分母の1/3に3/1をかけると、
分母が1になるやんか。ただ、分母にだけ3/1をかけちょくとヒイキになるんで、
分子にも3/1をかけておく。つまり、

こうして分母が1になると分母はムシしていいから、

ホラ、じゃから分数のわり算って、ひっくりかえしてかけ算するんよね。
さっきの高校生に、オレ、おんなじ説明した。そしたらそいつ、なんとなくわかったみたいでさ、
「比」と「分数」と「角度」のつながりがイメージできたんだろうね、テストでいい点とってたみたいだった。
自分の身近に解決すべきテーマがあってさ、そんでもって自分が「どーにかせんといけん」って
立場になってみるとね、なにがしかの知恵がはたらいたりする。カテキョーしてた高校生に、
オレが必死になって三角比というテーマで「どーすればいいのか」を考えた時、道は開けた。
たいせつなことは、必死になって「どーすればいいのか」を考えることじゃないのかな。
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| 4.「どーすればいいのか」、のつづき |
オレが中学校のセンセーしてた時、学校に出てこれんようになった生徒がいた。
その子のお母さんが泣きながら「どうすればいいのでしょう」と言ってこられた。
「どーすれって、オレもわからんけど、どーすればいいのか」と思った。
で、センセーやめて教育相談室とフリースペースを作った。
フリースペースに来よった中学生が、高校に行きたいけどどこも受からんかったって言いに来た。
「どーすればいいのでしょう」と聞かれて、
「どーすれって、オレにもわからんけど、どーすればいいのか」って思った。
なので通信制高校をさがしてきた。
徳山だけで教室を開いとったら、宇部や山口のお母さんから
「行かせたいけど遠いので、どーすればいいのでしょう」ときかれた。
「どーすれって、オレにもわからんけど、どーすればいいのか」って思って、山口に教室を作った。
そしたら岩国のお母さんから「行かせたいけど遠いので、どーすればいいのでしょう」ってきかれた。
「どーすれって、オレにもわからんけど、どーすればいいのか」って思って、岩国に教室を作った。
だったら、そのうち、下関のお母さんから同じこときかれたら、オレ、下関にも教室を作るんか?(笑)。
「どーすればいいのでしょう」 これはひとりひとりにとっての、切実な必要、といいかえることができる。
「どーすればいいのか」--- これは、その切実な必要への、適切な対応への第一歩、といえる。
でもって相談室やらフリースペースやらスクールを創ってきたことは、
「ひとりひとりの切実な必要性に対しておこなわれる、現実具体的な対応」ということになる。
ホリエモンのように他人をだまくらかしてハデに金もうけすることとはちがって、地味だし借金ばかりが
増えたオレの人生だけど、「ひとりひとりの切実な必要性に対しておこなわれる、現実具体的な対応」を
必死でやってきた。これって、わりとやりがいだけはあったみたい。
で、その現実具体的な対応だけど、オレの場合、世の中のどこにもモデルがないから、
手さぐりでやるしかなかった。この手さぐりが、オレのヤドカリを大きくしてくれたんよ。
もしかしてヤドカリは、ヤリガイという貝がらの大きい方へ移っていくんかの、オヤジギャグだけど(笑)。
でも、そうなんかもしれんど。
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| 5.モノづくりからコトづくりへ |
ダーウィンからヤドカリになって三角比と分数に行って、ネムの歴史が語られてまたまた
ヤドカリに話がもどった ムチャクチャ飛ぶけど、たのむから、オレの話について来てね(笑)。
さっき、オレって学校を創りたいんよって言った。もちろん、学校というタテモノを創りたいんとはちがう。
オレ、建築士じゃないし(笑)。それは、一斉にチョークアンドトークで一律に何かをさせる教育ではなく、
「ひとりひとりの切実な必要に対応する、支援としての教育」がおこなわれる学校を創りたい、ということだ。
つまり、君たちが育つというコトを、しっかり支える環境を作りたいんよ。
これって、今までの日本人が得意にしてきた「モノづくり」じゃなくて、いってみれば「コトづくり」だ。
ネム的に言うと、「フリースクールの伝統を残した学習空間で高卒資格が取得できるってコト」。
ネムって、教育という営みの中で、新しい「コトづくり」にチャレンジしよるんね。
その主人公が君たちであり、脇役がスタッフであり、オレは縁の下の力持ちだけど、君たちという主役が
おってくれんとネムの「コトづくり」が成り立たん。だから言うけど。
ねえねえ、せっかく「コトづくり」の主役にいる君たちなんだから、君たち自身の人生をかけて、
もっと「コトづくり」やってみないか?
前回の、この文章ロングホームルームで弁護士さんをからかったけど
(その職にある方が読まれていたらゴメンなさい)、
そこでオレ、「個人のニーズに対応して・・・」って書いてたじゃんか。
君たちの中で、4人グループ作って一人がマジで法学部に行かんか?あと、一人は保健学科に行く、
一人は心理学科に行く、一人は教育学科に行く。
10年たってさ、弁護士と保健師と心理セラピストと教育カウンセラーになった4人が、
NPO法人「かかりつけ・暮らし相談センター」作るんよ。「ナニ、それ!!」ってか(笑)。
それがよね、「安心できて、親身になってもらえる相談相手がほしいけど、どこで相談すればいいの?」って
時代が、来るよ。昔はムラのボスみたいなオジサンとかでしゃばりオヨネみたいなオバハンが相談役だったり、
仕切り役だったりした。けど、これから先って、やっぱ専門性が問われてくる。
健康と法律と気持ちと子育てと、それが1か所でいつでも相談できるって便利だろ?だいたい、
暮らしていく上での相談ごとって、その4つがほとんどだ。すると、4人がそれぞれ本業やりながら、
「お届けするのは、TあんしんUです。」みたいなNPO法人作って会費制で会員さんを集めれば、
それはそれで立派な収入の柱になる。
あと、つき合ってる2人、いないか?カノジョ/カレシのどっちでもいいから、ひとりは社会福祉士になる、
ひとりが看護師になる。そんでもって、しばらく経験をつんでから
「バリア・アリ〜ノ福祉センター」(笑)を作る。
ほら、今どき老人福祉とかいうと、すぐ「バリア・フリー」じゃんか。
でも、手取り足取りバリア・フリーだと、かえって老人の残された能力をうばってしまうんだぜ。
もちろん、注意深い援助はいるけど「自分でできることは、自分でやりんさい!」という、
不親切なやさしさって、ウリだ。
かかりつけ・暮らし相談センターは、ホーム・ヘルスコーディネーターとホーム・ローヤーと
ホーム・セラピストとホーム・カウンセラーによる「コトづくり」、バリア・アリ〜ノ福祉センターは、
老人福祉における差別化された「コトづくり」。
立ち位置を変えないで、君たちなりに「どーすればいいのか」と問い続けてみたまえ。
問い続ければ、「コトづくり」のチャンスは無限にあるだろう。

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| 6.今日のくくり |
君たちは君たち自身のヤドカリを、少しでも少しずつでも、大きくしていくんど。
そうして、大きくなるたびにヤリガイという貝がらを変えて、一気じゃろうけど、
人生をかけて自分の生きた証(あかし)を世の中に残していくんど。
その人生は、オレのみたいに地味で平凡かもしれん。ホリエモンのように、若くして大きな
マネーを手にすることもないだろうし、芸能人のようなはなやかさにも欠ける。
が、しかしだ。平凡じゃいけんのか?身のたけに応じた暮らしに必要な以上に、
マネーっているんか?ハデじゃなくて地味でもいいじゃんか。そんなもんだよ、人生って。
平凡に一貫してチェンジビリティを発揮しようとする職業観 この職業観を持ち、そしてこの
職業観一点だけは頑固なまでに変えなければ、君たちの人生はほどほどに豊かでやりがいに
あふれたものとなるんと思うんよ。そして誰かがそれを平凡と評したとしても、
きっとI am me!と笑っていられるんだと思います。
ちょっとマジな言い回しになったところで、今日のホームルームはおしまいオシマ〜イ。
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