2008年/8月号
1. 今日のはじめに
 4月からこっち、「家庭内暴力」「美能交笑」「凛として」「野村は社長だ」「コケの緑に聞け」
など書いてきた。これだけ話を拡散させてしまうと、話題の結節点を見出すのに苦労してしまう。
そもそも、元・始まりのテーマは「勉強、するど」だったわけだから、
話題の散らばりようは収集がつかないレベルにある。
今日はなにがなんでも拡散した話題をひとまとめにしておきたい。
2. 「勉強するど」
 春は眠いしアクビも出るサぼんやりしてるとトシ食っちゃうしあっという間に秋が来るカモ
なので今から「勉強、するど」
(註1・下段参照)
アレ、私は800年も昔のオヤジと同じこと言いよるんか(笑)。
 君たちが学ぶ通信制高校は、教科書という資料を読み込み、理解し、設問への解答を求める。
「読み込み」「理解」「解答」というプロセスのいずれかで君たちに不都合なことが起きれば、
スタッフが君たちのサポーターになるという学習構造を、ネム ハイスクールの教育モデルとしている。
 私が言う「勉強、するど」とは、なによりもまず、この学習構造を消化することだ。
この経験によって、君たちは少くともふたつの価値を会得する。
 ひとつは、教科書レベルにおける基本的な知識において。
ひとつは、「学習構造を消化する」ためになされる、集中の持続や時間のコントロールといった
自主性において。
 結果として君たちは、高等学校における単位修得に成功するだろう。
しかし、結果としての単位修得以上に、学習構造の消化そのものが、質的な価値である
「自主性」の形成トレーニングとなっていることを私は重視している。
 ネムの子たちって、「やる時にはやる」というタイプが多い。
ハタから見てるとハラハラするけど、その時になればキッチリ進学したり就職を決めたりする。
このことは、量的には測定不能な「自主性」という質的な価値が、
君たちに形成されている証なのだと思う。
 私の愛するネムの子たちさん。ネムが準備している学習構造を消化するという意味において、
とにもかくにも、「勉強、するど」。
 春(註1)
偶 成 朱 熹
少年易老学難レ成
一寸光陰不レ可レ軽
未レ覚池塘春草夢
階前梧葉已秋声

(読み方)
偶成〈朱熹〉
少年老い易く学成り難し
一寸の光陰軽んず可からず
未だ覚めず池塘春草の夢
階前の梧葉已に秋声


(作者)
朱熹 1130―1200
 南宋の哲学者、朱子学の創始者。字は仲晦[ちゅうかい]または元晦[げんかい]、名は熹[き]、号は晦庵[かいあん]、晦翁[かいおう]、紫陽[しよう]等あり、朱子はその尊号、福建省建州に生まれる。紹興[しょうこう]18年(1148)進士に及第。李近年[りきんねん]に師事す。宋代にはじまった新しい儒学(宋学)を首尾一貫した体系にまとめ朱子学を完成した人。朱子学は徳川幕府の官学として権威があり、近年までわが国思想の背景をなした。慶元6年没す。年71。
3. 凛として
 人は、何のために生きるのか 。君たちはこのような問を立てたことがあるか。
ある、として、君の答えは何か?ない、として、今しばらく考えて得られた答えは何か?
世のためか、人のためか、地球環境のためか、人類の平和のためか、今夜カラオケに行くためか?
 人は、何のために生きるのか 。私の中にある答えは以下のとおりだ。
「そんなことなど考えないために」。
 こんなことをシレッと言ってのけるから、いつも私はフクロダタキに合うのだろう(笑)。
でもね。「子日吾嘗終日不食終夜不寝以思無益不如学也」なんよ。
「オレ、ある時のことだけど、メシも食わんで眠りもせんで一日中グダグダ考えよった。
けど、ムダやった。正直、日々実行の中で学ぶしかないと思う」、と、言ったのは、私じゃなくて、孔子先生。
 孔子先生を引き合いに出すまでもなく、ヘタの考え休むに似たり 観念肥大をいさめる世人の知恵は、
私たちの日常に身近だ。必死になって歯をくいしばり、これでもかというほど生きて生きて生きて生き抜く 。
「人は、何のために生きるのか」など考えないほど、生きて生きて生きて生きぬく姿を見て、
人は、その生を「凛」と評することだろう。
 生の終わりの後に墓石が立てられ、それから気のとおくなるくらいの歳月が流れる。
その墓石が緑にコケむした時、そのコケの緑は語る。「この墓石に眠る人は、生きて生きて生きて
生き抜いていた時、○○のために生きていたのよ」と。
 「凛」として生きる姿は、自己の外側にある。すべてはいずれ世人が語る。
「今、ここで」、私が、そして君たちがなすべきことは、ただ必死に歯をくいしばって、
これでもかというほど生きて生きて生きて生きて生き抜くことだ。
 「生まれ生まれ生まれ生まれて生のはじめに暗く、死に死に死に死んで死の終わりに暗し」 空海の見立てどおり、私たちはどこから来てどこに行くのか、定かでない。その不確実性を前提とすれば、
「人は何のために生きるのか」などという立問はあまりにも虚無だ。私たちの生の眼前にある所与の課題に、
「今、ここで」取り組むこと、必死に歯をくいしばっていくことのほかにない。
4. マユ組さんたち
(1) マユ、漢字で繭。幼虫と成虫の中間に位置する変化の一過程。
(2) 完全受容。親が赤ちゃんを無条件でいつくしむように、人間をあるがままに受け入れること。
快楽原則、母性原理。
(3) 条件付受容。這(は)えば立て、立てば歩めの親心。
「Aができれば、ヨシ!BになればOK」というように、レベルアップするという条件下で認められること。
現実原則、父性原理。
思春期を生きる君たちに、思春期を生きるイメージを持ってほしくて、(1)(2)(3)を説明した。
はじめ(2)、そして(1)、やがて(3)という順序で、成長をイメージしてみてごらん。
思春期とは、(2)から(3)へ移行する中間の(1)、マユのような時代だ。
ところで。「野村は社長だ」と前回、書いた。私は経営者として、まさしく、(3)の世界の中で生きている。
面白いよ。楽しんでいる。が、厳しくもある。フツーの学校の先生とかサラリーマンやってる人たちには
「絶対」わからない楽しさを楽しみ、厳しさを味わっている。
その私からすれば、人間に「勝ち組」や「負け組」があるとはとうてい思えない。
まして、ニートやフリーターに自己責任を押しつけて「待ち組」と批判するどっかの国の
前・大臣(性別は女/苗字は猪口)など、落選しろと念じてしまう。
 「勝ち組」もなく「負け組」もなく「待ち組」もない。
あるのは、「マユ組」という一時期が人生に存在する、という真理のみだ。
 で、いきなりだけど、守・破・離。剣道など「道」のつく世界に伝わる言葉。
守は、基礎基本の形式に自分をハメ込むこと。破は、形式に基づきながらも自分独自の
世界を試行錯誤すること。離は、いよいよ基礎基本を超えて自分流の独自世界を確立すること。
守・破・離とは、人生における成長の段階区分だと考えていい。
 この守破離が、社会とか歴史とか、つまり、個人を超越した集合無意識とでもいうべき
領域においても観察される。たとえば、江戸幕府という「守」があって、
吉田松陰というファシリテーターが「破」して、坂本竜馬というコーディネターが「離」させた、などだ。
 英雄でなくとも、守を破して離させるマユたちがいる。たとえば不登校の中学生A、B、C・・・さんたち。
今から16年前、私が教職を辞してこの道を歩み始めたころは、不登校の生徒さんは治療の対象とされていた。
情緒障害児短期治療施設に入所させられ、「正常化」すべき対象として、社会は認識していた。
 が、今はどうだ?ネムに通学する不登校の中学生は学校での出席扱いになっているし、
通信制高校を卒業して、たとえば神戸大学などに現役合格をしていく。
かつてのマユさんたちが、社会の意識を変えたんよ、つまり、歴史を動かしたんだ、微細であろうとも 。
 私のかわいい「マユ組」さんたち。君たちが、君のマユを内側から破り、
それまでの人生のありようから離する時、社会も、歴史も、必ず微細な離に動く。
「その時」は、ひとりひとりのマユさんに、個々別々なものだろう。
しかし、「その時」は必ずおとずれる。必ずだ。 私は、個々別々の「その時」のおとずれのために、
君というマユを守り抜いていく。育てるとは、守り抜くことだという素朴な真理に導かれつつ。
5. 今日の終わりに
 かつて、家庭内暴力で困り果てた親ごさんが相談に来られて
「ウチの子は本当に育てにくい子です」と語られたので、「そうでしたか。でも、
子どもさんにしてみれば、本当に育ちにくい親だったかもしれませんね」と言ったことがある。
 賢明な親ごさんだった。私はその子どもさんに一度も出会うことなく親ごさんと面談を重ね、
いつの間にか家庭内暴力が消えてゆき、ふたたびは親ごさんと会うこともなかった。
 マユをマユとして見守ることは、辛く苦しいものだ。期限もなく保証もなく待つことの心労は、
筆舌に尽くせるものではない。できることならマユの時代を必要としないタイプであってほしい、
と願うことは、大人の側に許されている。ただし、「ワカナ→ハマチ→ブリ」みたいな出世魚タイプなのか、
それとも美しい絹糸にくるまれる「マユ組」さんタイプなのかは、きちんと見抜かなきゃアカン。
 若い時分、「マユ組」の時代をすごしたことのある私は、経験上・単純に・心の底から、そう思う。
 美能交笑のような表層的な競争規準などから無限遠の遠くにあって、メタファー(比喩)としての
マユ、すなわち、内的世界の変容と充足に時間を要しつつある君たちに、
「しばらくはマユのままでいられる時間と空間」をこの世に実現し続けていく、と、私は決めている。

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