2008年/4月号
1.
今日のはじめに
日本テレビ見てたら「ニューヨーク特派員・原聡子」って出てた。
彼女は私(=野村)が中学校教員だった時の教え子さんだ。
女子剣道部で、素直な正向法の剣道してた。彼女の学年は今年33歳。
「一線に出る」までに、あれから18年が過ぎた-----
彼女の同学年には、九州大学で応用物理学を勉強してたのに、職業は弁護士になっちゃってるS君とか、
中学校を出てから高校には進まないで会社を立ち上げ、
今では従業員を10人以上かかえる創業社長のY君もいる。
彼女や彼らが中学校を出てから、18年がたつ。ようやく一線での活躍がはじまっている。
2.
18年後、何してる?
私(=野村)は今年で49歳。ってことは、18年後は67歳だから、「何してる?」と聞かれるより
「生きてる?」って聞かれるほうが似つかわしい(笑)。
でも、ネムの君たちは、それこそ「一線に出る」としごろになっていて、
きっと、人生を存分に楽しんでおられることだろう。で、18年後、何してる?
この問いかけに確定的に即答できないかもしれないことに、現代社会のやっかいさがある。
今が江戸時代で、君の家がお百姓さんなら、君の18年後は確定的にお百姓さんだ。
でも、日本で現在を生きているネムの君たちにとっては、確定的なことなど、実は、なにもない。
Aかな、Bかも、けどCだって・・・・となるのは当然のこと。やっかいな時代を生きているんだよ、君たちは。
3.
「
勉強、するど」
やっかいな時代を生きるために「勉強、するど」。
ただ、するはするとして、その前につぎのことを理解しておくといい。
あのさ、大人が子どもに勉強させようとする時のことだけど、勉強のさせかたにふたつあるんよ。
ひとつは「あれこれ考えずに暗記しちょけ〜」というやりかた。「注入主義」っていうんだけど、
とにもかくにも知識をいっぱいつめ込んだら勝ち!っていう考え方だ。
もうひとつは「子どもの興味あることをあれこれやらせてみせる」やりかた。
「経験主義」っていうんだけど、暗記した知識じゃ役に立たんので、体験の中から子どもが
学び取るって考え方だ。君たちの世代の「ゆとり教育」を支えてた考え方に近い。
さっきの注入主義からは「子どもがアホになりよる!」と批判される考え方でもある。
ついでに言うと、注入主義も経験主義も「学校での勉強のさせかた」ということ。
実は教育については「学校だけの勉強じゃ、今の時代、ゼンゼン足らないヨ!
一生にわたって勉強をやり続けましょ!」という考え方も、ある。生涯学習といわれていることがらだ。
それらを取り混ぜて、世の中のオバハンやオジサンは子どもたちに向かって
「注入主義でも経験主義でもなんでもいいから、とにかく学校でしっかり勉強したあと、
一生にわたって勉強をやり続けるのだど〜」と言いよるわけだ。
先月、私(=野村)は、「勉強するど」って書いた。
けど、私(=野村)が言う「勉強するど」は世の中のオバハンやオジサンが言いよることと
全然違うんで、そこんとこを注意しつつ、続きを読んでくらはい。
4.
相談力と総合「化」力
知識を子どもにブチ込むとしても、体験の中から子どもの力を伸ばすにしても -----
つまり、注入主義も経験主義も「理想の大人」ってのは、「自前で何でもできる総合力のある人間」みたい。
そんでもって生涯学習は「古くさくなった知識のパーツをいつも入れ替えながら、
自前で何でもできる総合力のある人間の品質管理」を受け持つのだろう。
けどさ、自前で総合的に何でもできて、部品交換してくのが君たちの理想的な姿か?ホンマにそうなんか?
経験からすると、それって、イミないことだ。自前力・総合力には限界がある。
技術革新のスピードと処理すべき情報の分量の前では、自前力も総合力も吹き飛んでしまう。
いくらパーツを更新しても、間に合うもんじゃないさ。
すると、自前力と総合力とパーツ更新に代わる理想像が必要だ。
その理想像が、相談力と総合「化」力。勉強は、そのために必要なトレーニングだ。
私(=野村)のまわりをフッと見渡すとね、
私(=野村)のまわりにはピカイチの人がビッシリなんよ。
私(=野村)にはわからないことが多くありすぎたので、私(=野村)はいつでもわからないことは
「ねぇねぇ、コレ、わからんから教えて!」でやってきたし、やっている。
「ねぇねぇ、コレ、わからんから教えて!」のコレが法律のことなら、
私の身近な3人の弁護士さんへ。コレが中古車のことなら、その道30年のプロ中のプロさんへ。
コレが医療のことなら、内科と小児科と心療内科と精神科の医師が5人。
ムシ歯は歯医者さんだけど、こっちも3人。コレがお好み焼きのことなら、あのオバチャンで、
ウナギのつくだ煮のことなら京都のオッチャン。キリがないからここまでだけど、
とにかくとびっきしピカイチの人たちに、私(=野村)は相談ばかりしてきている。
私(=野村)自身の自前の能力なんか知れてるけど、相談力だけはすごかったんよ、きっと。
私(=野村)には総合力みたいな能力はなんにもないけど、ピカイチの人たちを、
相談力の結果として自分のまわりに総合「化」したことになるんだと思う。
そもそもさ、生涯学習とか言うけど、私(=野村)が一生勉強し続けたら、そのうち弁護士になって
医者になって歯医者になって中古車の販売ができてお好み焼きがひっくり返せて
ウナギのつくだ煮が煮れるか?ありえんよ、そんなの。
不確定な社会にあって、「自前の力でどこまでもやりぬけ」「自分の中に総合的な力をやしなえ」
「そんでもって一生涯、パーツを更新し続けろ」ってか?
工業社会の教育観をそのまま情報化社会にあてはめるって、
そりゃムリだ。←ここんところは解きほぐしてないから飛ばして読んでくれていいです、ゴメン(笑)。
でも、だからこそ、自前力から相談力へ、総合力から総合「化」力へ、なんだ。
5.
今日のおわりに
「自分が知ってることは、キッチリ知ってることとして、知ってないことはミエはらないで、
知りませんと素直になること。」是知也(これ、知るなり)という三語がくっつくこのメッセージは、孔子。
「知る」ということについてはそこまででいいんだろうけど、「生きる」ことまでを視野に入れるとすれば、
「知らないことは専門家に相談しましょうね」という一文の追加が不可欠だ。
自分の中の相談力をフルに発揮してみてごらん。気がついた時、君は君のまわりに
キラ星みたいな人がいてくれて、君自身の総合「化」力を実感することだろう。
と、こんなふうに書くと、世の中のオバハンとかオジサンとかで、
必ず私(=野村)に文句言いに来たがる人々がおられる。
「相談だけで人生が送れるなんて、そんな他力本願・依存した人間を育てることはゼッタイ反対!!
野村は発言を撤回しろ!!」とか(笑)。
あのね、そもそも人生は相互依存的なんだし、相互の相談と連携はコンサルテーション・リエゾンいう
精神医学の方法だし、総合力から総合「化」力への変化は、選択と集中をおこなう
企業同士の新しいビジネスモデルなんよ。相談力といい、総合「化」力といい、
私(=野村)の根底にある考え方は、多くの分野の最先端に通底している。
ネムのかわいい子たちさん。そのうちわかるから、まずは勉強を「利用」して、
スタッフに「相談」するとこから始めてみようよ。
君の相談力と総合「化」力を高めるトレーニングとして。なので、「勉強、するど」
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