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マックでもケンタでも吉牛でも、なんでもいいから外食をイメージしてみて。
で、今まで食べていた分量が2割ほど減らされて値段が同じなら、おこるよね。
まして、今まで食べていた分量の半分しかないのに値段が同じなら、イカリまくるよね。
「半分なのに同じ」って、ありえない。
今日のはじめは、「半分なのに同じ」という、ありえないハナシをしっかり心に止めておいてください。
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物価が上がるぞ!という話ではありません。今どきの子どもたちの勉強の分量のハナシです。
私(=野村)は、48歳。このオヤジが小学生のころには、6年間で5821コマの授業時間があった。
中学生の時には3年間で3535コマ。今どきはというと、小学校で5367コマ、
中学校で2940コマ。表にしてみるね。
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オヤジ世代
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今どきの子ども
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| 小学生 |
5821
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小学生 |
5367
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| 中学生 |
3535
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中学生 |
2940
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| 合 計 |
9356
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合 計 |
8307
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小学校と中学校を合わせて「義務教育」っていうんだけど、義務教育9年間の勉強時間数が、
私のようなオヤジ世代にくらべて今どきの子たちは、1000時間ほど少ない。
学校でやっている1年分の授業時間がスッ飛んでいるということだ。
あと、急いでつけ加えなきゃいかんけど、今どきの子たちの合計コマ数8307時間のうちには、
およそ700時間分の「総合的な学習の時間」がふくまれている。
ということは、実際には今どきの子たちの勉強時間は7600時間。オヤジ世代の8割ってこと、
つまり、2割ほどが減らされている。
マックでもケンタでも吉牛でも、なんでもいいから外食をイメージしてみて。
で、今まで食べていた分量の2割ほどが減らされて値段が同じなら、おこるよね。
そしたら義務教育にも、おこらなきゃ。
「自分たちって、オヤジ世代より2割アホなんか!」って 。
その上で、イカリまくる話。勉強時間の総数は、そうは言っても2割「しか」減っていない。
だけど、勉強のナカミ、学習内容はオヤジ世代にくらべてどのくらいに減ってるか、知ってる?
答えは、半分。勉強のナカミは5割も減ってるんよ。ということは、
私のようなオヤジ世代の「義務教育が終わりました」を100とすると、今どきの子たちは、
50にすぎない。
マックでもケンタでも吉牛でも、なんでもいいから外食をイメージしてみて。
で、今まで食べていた分量の半分しかないのに値段が同じなら、イカリまくるよね。
そしたら義務教育にも、イカリまくらなきゃ。
「自分たちって、オヤジ世代の半分しか勉強できないんだ!」って。
半分で同じ。ありえないことが、学校の中ではおきてきた。
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「今どきの子たちがアホになりよる!」って、さわがれてきたし、さわがれている。
そもそものはじまりは、もう20年も昔のこと。当時の文部省が
「これからは学校の勉強だけでは足りません、勉強は一生涯続けましょう!」と決めた。
生涯学習社会への移行ってことだ。「なので、学校で教えることは基本中の基本だけに減らします。
しっかり生涯学習をやっていくのですよ、国民たち」ということになって、授業のコマ数が2割減った、
ナカミは5割も減らされた。
うさんくさいよね、そのリクツ。20年たった今だって、教育は学校に依存してるんだし。
そのうさんくささを「ゆとり教育」っていう聞こえのよいキャンペーンでかくしてたよ、
当時は。私(=野村)はそのころ、ある講演会で「それって愚民化政策(アホ国民を作ること)だ」
と言った。そしたらある大学教授が「それは違う、野村さんには発言を取り消していただきたい」
と叫んだ。その大学教授が今もゆとり教育の推進者であるとは、とんと聞かなくなってしまったけど。
当時も今も、私はゆとり教育の本当の問題は、公務員の週休2日制だとしか思っていない。
それまでは土曜も授業をしてたのに、先生も週休2日だってことになった。
土曜日を休みにすると、授業時数が減るさ。あたりまえじゃないか。
だったら「ゆとり教育」なんて言わずに「夏休み短縮」って方向で議論すればよかったのにね。
生涯学習社会とゆとり教育と先生の週休2日制とマンマの夏休み。
このことが、「半分で同じ」にかくされた、本当の問題その1、です。
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平均6割得点をメドに。学校の先生が定期テストを作る時のめやすだ。
基本的な問題と応用力が必要な問題をとり混ぜて、「0点をとる生徒はいない、が、100点もとりにくい、
全体で平均6割得点」のテストを作る。参考までに、大学入試センター試験の平均点を見てごらん。
どの科目も平均6割得点の前後で落ちついてるだろ?
さて、平均6割。オヤジ世代の勉強のナカミを100として、平均的に6割ほど取ると、60点だ。
オヤジ世代のそこそこ平均は60点。でも、今どきの子たちって、勉強のナカミが半分しかないんだから、
100の半分のそのまた6割。ってことは、オヤジ世代からすると、30点ってことだよ。
30点って言うとね、実のところ「何の努力もせずに取れる点数」なんよ。
だってテストって、そうやって作るんだもん。「半分で同じ」の本当の問題その2は、まさにこの点にある。

オヤジ世代が「そこそこ平均」の点数を取るためにおこなった努力とか、
集中とか工夫とか持続とか、そういった質的な成長をともなわなくても、今どきの子たちは
「そこそこ平均」の点数が取れてしまう。その結果 。オヤジ世代は
「エッ!こんなことも知らないの???」って驚いたりするけど、今どきの子たちは
「なんで驚くの???自分ってそこそこ平均だよ!」となってしまう。
だって、半分のそのまた6割こそが今どきの子たちにとって平均なんだから。
オヤジ世代を基準にすれば、100点中たったの30点であったとしても 。
知識の分量もさることながら、学習を通じて形成される質的な諸元(努力とか集中とか工夫とか持続とか)も、
したがって確実に失ってしまっている。このことが、「半分で同じ」にかくされた、本当の問題その2、です。
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学校が勉強の分量を減らしていって、フリースクールのネムが勉強するど、だって(笑)。
でも、するど。
今日、説明したから少しはわかってもらえるかもしれないけど、私(=野村)の世代からすると、
今どきの子たちは「高校生という身分の小学卒業生」に近い。こんな表現をしてしまうって、
実に失礼でゴメン。だけど、「高校生という身分の小学卒業生」くらい極端に表現しなきゃ、
なかなか危機感を持ちにくいだろうと思って、書いてみた。
お父さんや、お母さんにおたずねしますが、「もっと勉強しなきゃ!」と子どもさんに文句を言った時、
「だって、ちゃんと点数とってるじゃんか」と反論されたことって、ありませんか?
勉強しているふうでもないのに、学校のテストだとそこそこの点数を取って来るから強くも言えない---
こんなご経験はありませんか?45歳以下のお父さんお母さんであれば、私(=野村)の世代より
1割程度、勉強の分量は少ないです。とはいうものの、それでも今どきの子たちにくらべれば、はるかに多い。
お父さん・お母さん世代と今どきの子たちとの「平均感覚」のギャップは埋めようもないほど大きい。
「お母さんの頃はもっと勉強しなきゃついていけなかった」と子どもさんをしかられるとして、
子どもさんからすれば、あまり努力をしなくてもそこそこ平均でいられます。
おそらく議論はかみ合いません。その理由は、今日、長々と書いてきたとおりです。
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余は生まれながらにして将軍である、は、徳川家光。君たちは、学びながらにしてゆとり世代だ。
自分の立ち位置を確認するところから人生がスタートするとすれば、君たちは「半分で同じ」、
「半分のそのまた6割でもそこそこ平均」とされてきたことを、まず、知ってほしい。
半分は半分なのであって、もともとの量や質と同じではない。半分のそのまた6割で満足することに
慣らされてしまえば、君たちは、自分の人生のすべてをオヤジ世代の3割で
満足させられてしまうことだろう。夢も希望も生きがいも、ついでに言うと収入も。
私のかわいいネムの子たちさん。まずは事実を正しく知ろう。正しく知ったら素直に怒れ!
怒りをそのまま、向上のエネルギーに転換しよう。そして、自らの人生を開いていくのです。
もちろん、私たちが全力でサポートするから。
勉強、するど。少くとも、私というオヤジ世代のそこそこまでは、だれもが達してきたのだから。
オマケ。怒ることすら忘れさせられているとすれば 亡ぶど、この国は。
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