2007年/10月号
1. 今日のはじめに
 私(=野村)が君たちくらいの年ごろ、もう30年くらい昔の話だけど、
そのころの高校生にとって「大人になる」とは、「働く」ことだった。
18歳で大学に入り、コンパで酒も飲んだしタバコも吸った。パチンコしたし、マージャンもした。
が、それは「大人になった」からではなくて、「高校生じゃなくなった」からにすぎない。
 そんな私たちを学者たちは「マージナルマン」(周辺人)と呼び、
子どもでもないけど大人でもない若者と位置づけていた。
周辺人である私たちは、その日その日を当時の流行とともに楽しみながら、一方で、
「周辺人ではなくなる日」のことを、具体的に考えていたように憶えている。
2. 働くと働いてもらう
 「働く」、つまり、労働に参加するということは、「働いてもらう」、
つまり、労働を提供するということとワンセットで語られるべきだ。
ネムでたとえると、私ひとりではとうてい手数が足らないので、スタッフに「働いてもらう」。
スタッフは、だからネムで君たちを大切に育てながら、「働く」日々を送っている。
 今から30年前は。私が君たちの年ごろには、「働く」ことと「働いてもらう」こととは
きれいにワンセットになっていて、子どもも周辺人も、やがては働くんだと思っていたし、
その日がおとずれるとキッチリ働き始めていた。
10人が10人、きっちり「働いてもらう」所で「働く」ことをやっていた。
 だけどさ、ね、よくわからないからたずねてみるけど、
「10年後に君たちはどんなことして働いている?」???・・・・・。
3. 2対3対5
 10人のうち、2人だけが正社員で、3人が派遣社員で、5人がパート。
10人のうちの2人は、ボーナスがもらえる分だけ、過労死するまで「働く」。
10人のうちの3人は、景気の良し悪しで時給が上下する不安定さの中で「働く」。
10人のうちの5人は、いつクビになるかわからない不確実さの中で「働く」。
もしもさ、世の中がこんなしくみになってるとすると、
「10年後に君たちはどんなことをして働いている?」とたずねられたって、答えは「???」しかないよね。
 死んでるかもしれないし、派遣先がクルクル変わってるかもしれんし、
失業保険ももらえないままパートがクビになってるかもしれんし、ね。
「2対3対5」が、世の中だったら、ね、・・・・・・。
 ところがさ、実は、「2対3対5」なんよ。
今から20年くらい前だと思うけど、ニッポンの大企業の社長さんたちが集まる会合で、
こんなことが決まったの。「会社で働いてもらう人たちを3種類に分けちゃいます。2対3対5です。
2は、それまでどおりの正社員。3は不安定な身分、つまり派遣のフルタイム社員。
5は、不安定な身分と不確実な保証のパートタイム社員。
今までは全員が全員、マンマ正社員だったけど、これから先は2対3対5の3種類に分けちゃいますヨ」と。
 私が君たちの年ごろには、私だけではなく、子どもも周辺人も、やがては正社員になって
「働く」ことをウスウス知っていたし、やがてその日が来たらみんな正社員になって
「働く」ことを始めていた。大企業と中小企業の区別はあったし、公務員が親方日の丸と
アホにされながらも、就職先としては人気があった。官でも民でも大でも小でも、
やる気や学力や人生観や運や不運などが混ざり合いながら、10人が10人、とにもかくにも
「正」として「働く」人生をスタートさせたものだった。
それが「2対3対5」なんだ。10人のうちの2人しか、私が若かった当時の未来イメージを
持てないなんて そのうち革命が起きるど、この国は 。
4. ためらい
 先月号で、「しかられちゃいました」を書いた。
「とにかくビシバシ厳しくしかってほしい」と、私が「ある方」から言われたという内容だった。
その時には書かなかったけど、たぶんその「ある方」は、
「10人のうちの2人になれなきゃダメ!少なくとも3人の中に入らなきゃダメ!」と、
本能的に思っておられたんだろうね。
 また、6月号で「時間展望」についてふれた。
「少なくとも年という単位で未来を考えてほしい」という内容だった。
そもそもそんなことをあえて書かなきゃならないくらいに、今の若い人たちにとっては
「年単位の未来」ほどムナシイものはないんだろうよね・・・・。
 ハ ァ-------、と、ここで本当に私は深く溜息。
 私は今、ためらいながら「そしたら、8人のために会社作るか」と、半ば本気で考える(笑)。
「ネムの子たちが、10人のなかの2人になれるなど何の保証もないのに世に送り出すなんて、偽善者だ!」
とまで、私の中の私が私を批判する。
「そうは言っても、まず、高校だけは卒業させなきゃどーしよーもないじゃんか!」と、
私の中の私が私を弁護する。もう、足かけ10年続く、私の中のエンドレスのケンカだ。
 そもそも会社(カンパニー)とは、個人を守るために発明された世の中のしくみだ。
「そしたら8人のために会社を作るか」という私の発想も、あながち荒唐無稽なことでもなかろうに。
ただ、もう少し、考える時間はください、できんかもしれんから 。今日は、ここでおしまいです 。


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