2007年/7月号
小学校は卒業だよ
1.
今日の
はじめに
先月号で「時間展望」についてふれた。今日のテーマは「小学校の卒業」。
話題を変え手を変え品を変えて私がしていることは、「君たちを大人にまで育てていく」ということ。
くりかえしくりかえしていくうちには、不知不識(しらずしらず)君たちが
大人になっていくんだろうと思ってる。
ほんでもって、今日のはじめに。今日の内容をわかるために、つぎのことを知っておいてね。
小学校1年から6年までを初等教育といいます。中学校1年から高校3年までの6年間を合わせて
中等教育といいます。高校を出てから大学に行くとして、その4年間が高等教育。
あと、めったにないかもしれないけど、大学を終わってから2年とか5年とか、
大学院という時代があるのも知っといて下さい。
初等教育。中等教育。高等教育。大学院この4つの区分をわかってもらったとして、
そしたら今日のテーマ「小学校は卒業だよ」に行くね。
2.
ナニが違うのか?
初等教育。中等教育。高等教育。大学院。
4つの区分だけど、じゃあ、ナニが違うのか?なんやと思いますか?
年齢 正解。勉強のナカミ 正解。むずかしさ 正解。これらのことは正解なんだけど、それだけじゃない。
これらの正解は、木にたとえると枝や葉っパであって、太い幹とか根っことかを欠いている
(枝葉末節であって本質ではない)。
じゃあ、4つの区分の根本的な違いって、ナニ?
正解は、「勉強のしかた」。
ザクッと言うと、初等教育は「習って、わかる」。中等教育は「調べて、わかる」。
高等教育は「調べて、発表する」。大学院は「発見して、発表する」。
ちがうだろ、ぜんぜん。「勉強のしかた」のちがいによって、子どもと大人とは区切られているとも言える。
3.
習って、わかる
小学校のころを思い出してごらん。
先生方、ナミダグマシイまでに工夫されて教えてくれよらんかったか?
黒板に書くだけじゃなくて、実物を見せたりビデオ使ったり、画用紙でいっぱい
カードみたいなの作ったり。小学校のころの人間の脳ミソは「具体的操作の段階」といって、
実際に目で見たり手でさわったりするのが得意なんよ。
だから小学校の先生方はなるたけ実物や実物に近い絵や模型とかを使いまくって「教える」の。
子どもの立場からすると「習う」の。でもって、子どもが「あッ!わかった」って喜んだりする。
初等教育の時代って、だから「習って、わかる」という「勉強のしかた」が中心になっている。
4.
調べてわかる
ところが中学校や高校、つまり中等教育時代になると、いくら実物をもってきて具体的な
説明をしようとしても、できない領域に勉強の内容が広がっていく。
たとえば中1の数学で出てくるマイナスとか高1の数学で出てくる虚数とかは、
どんなにリンゴやバナナの絵を描いてみたって、具体的には説明できん。人間の脳ミソは、
初等教育を終わったころには「抽象的思考の段階」にまで広がっているとして、
目では見えない・手ではさわれないこと、つまり、「考える」という領域で勉強するしくみになっている。
ミゼンレンヨーシューシレンタイ・・・・とか、手でさわれるか?
さわれないけど、ルールとしては、わかるはずだ。なので国語の文法も、
中等教育になってはじめて学ぶ。具体ではない、抽象的な領域の学習なんだ。
抽象的思考になると、「わかる」ためには自分の脳ミソの中であれやこれや知ってることを
組み合わさんといけん。そのために、ブ厚い参考書とか辞書とか事典とか調べまくることになる。
すると「割り算って、比のことなんか〜」とか「英文の構造って、動詞のことなんじゃ〜」とか
「神の否定が近代思想の出発点なんだ」とか、「わかる」。これが習ってわからない
領域におけるわかりかたの実例だ。つまり、中等教育段階は、「調べて、わかる」。
5.
高等教育・大学院
初等教育と中等教育との違いは「習う」と「調べる」だけど、どちらも「わかる」にかかっている。
つまり、「自分の中の理解」というレベルでとどまっている。
ところが、大学になると「わかっていることを人様に伝える」、
つまり、発表するっていう要素が加わってくる。レポートを書くとか、卒業論文を書くとか、
自分の理解していることを他者に伝達するトレーニングがおこなわれる。だから「調べて、発表する」。
大学院 ---ホンマは高等教育の一部だけど---では、
「今までだれも知らんかったことを自分で調べた上で他者に伝達する」、つまり、
「発見して、発表する」トレーニングをおこなう。「ホラ!こんなこと発見しました!」って
発表するのが博士論文だ。「ゾロアスター教の拝火儀式が与えた初期ヒンズー教典成立への
影響に関する宗教史的研究」とか、「発見」するのもタイヘンなことらしい(笑)。
が、いずれにしても、「習って、わかる」とはゼンゼン違う学びの世界があることも、
君たちに知っててほしいと思いました。
6. 小学校は卒業だよ
ある一定レベルの大学受験をこなした人たちには、共通点がある。
ひとつは、ノートの整理がうまいってこと。そりゃそうなんであって、その人の脳ミソの中で
整理されていることが文字や図で書かれてるんだから、ノートは整理されてるに決まっている。
あとひとつは、「○○先生の教え方が悪いんで、勉強がワカンナ〜イ」などと言う発想を
持っていないということ。こういっちゃなんだけど、中学や高校の授業って、小さな刺激に
すぎないんであって、その刺激を自分の中でどこまで大きくしていくかというのは、
すぐれて自学自習によることなんよ。「習う」から「学ぶ」、つまり、教えてもらうという
受け身の状態から、調べまくるという自発的な状態になった時、脳ミソは高校生くらいには
成長してるってことだろうね。この意味で、ネムの君たちの学び方は、十分に大人へと近づいている。
前回書いた「時間展望」は、実はきわめて抽象的な領域に属する。時間は、具体的に手でさわったりできない。
脳ミソの中で考えること、つまり抽象的なコトとして時間展望はある。
ってことは、整理されたノートを作れる程度の脳ミソであって、かつ、自発的に
調べまくる状態の脳ミソにしとかんと、うまく時間展望を持てないってことだど。
「1年後の自分のために計画を作り、実行する」って、脳ミソの中でおこなわれる抽象的な作業だ。
メシ食ってCD聴いてメールで遊んでカラオケ歌って こんな具体的な日常に加えて抽象的な作業を
脳ミソにさせなきゃ、年くった体のデカい小学生なんど。
私のかわいいネムの子たちさん。早いうち、小学校は卒業だよ、えーかいの?
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