2007年/1月号
生きがいのあるくらしのために
1. 今日のはじめに
 去年1年をかけて、オレ、君たちに「勉強せ〜よ」と語りかけた。
たったひとことを君たちに届けるために、べらぼうに長々しいトークをした。
君たちが十分になっとくして、そんでもって自分自身の内側から「学ぼう」と
思ってくれることを願いながらのトークだった。
 オレ、あの文章ロングホームルームを書きながら、考えよったことがあるんよ。
「ネムの子たちに限らずだけど、大人になって社会生活していくイメージを、
もしかしたら最近の高校生は持ちにくいかも」ってこと。世の中って、とってもコワイと
君たちがイメージしちょるかもしれんと思う。世の中って、弱肉強食のチキンレースが
くりひろげられちょるように、君たちが想像しよるフシがある。
勝ち組・負け組などというコトバが君たちに聞こえるだろうし、ニートやフリーターや
格差社会やワーキングプア(なんぼ働いてもビンボーということなんと)などなど、
オレだったらおそれておじけづいてひるんですくんでしまうメッセージが、ゾロゾロしよる。
 けどの、あのね、そうでもないんよ、暮らしていくって。
 今年は「けどの、あのね、そうでもないんよ、暮らしていくって」というひとことを
君たちに届けるために、オレ、またまた長々しいトークをしようと思う。
そのうちには君たちの中に、「ふ〜ん、そーなんかー。そしたら自分的に暮らしていってみよーかー」
くらいに思い始めてくれるといいんだけど。
2. 弱肉強食じゃなくて優勝劣敗
 オレの知ってるかぎりだけど、世の中って弱肉強食なんかじゃない。
もしそうだったら、オレなんかとっくに誰かに食べられてしまっちょる(笑)。
なんか、世の中で暮らしていくためには、スーパーゴジラみたいになってかんといけんみたいな
イメージをふりまくオジサンとかオバハンがおる。
「そんなんじゃダメなんじゃ〜!!世の中はキビシイんど〜」とか逆ギレして言いよる人が、おる。
そんなオジサンとかオバハンは「世の中、キビシーから、若いうちから資格を取って学歴高めて
いくしかないんどー。ハイパーメリトクラシーなんどー。」とか、さかんに言ってくる。
その人たちにとったら、世の中って弱肉強食なんじゃろうね。



 話は変わるけど、スポーツとかコンクールとかで、一等賞とると、「優勝」じゃんか。
あの優勝ってコトバ、実は4字熟語の上半分って知っちょったか?
優勝に続く下半分は、れっぱい、漢字は劣敗。くっつけると「ゆーしょーれっぱい」、漢字だと優勝劣敗。
意味するところは「すぐれている一点でOK、足らないところはしかたない」くらいみたいだよ。
 優勝劣敗というモノサシをオレにあてはめてみたら、わかってもらえるカモ。
オレ、フグの調理ができん、パーマのロットが巻けん、虫歯を治してあげられん、ダンプを運転できん、
トマトを育てれん、土カベをぬることができん、お薬を調合できん、レントゲンを映せん、
生け花を活けられん、ネールアートができん、メールができん、ラップがおどれん、うで立て伏せが
10回ぐらいしかできん 。オレ、できんことばっかしなんよ。勉強じゃって、できん。オレ、高校でいう
地歴公民は、授業しきるかもしれん(ここんとこしちょらんのでアカンかもしれんけど 笑 )。
でも数学ができん、物理ができん、商業ができん、家庭科ができん、英語ができん、
保体ができん、できん、できん、できん。
 ホンマにオレ、地球上のありとあらゆることのほとんどすべての全部が、できんのよ。
なので、なにかのコンクールとかに出ても、絶対がついてダメ出しされる。つまり「劣敗」する。
そもそもオレがラップとかおどってる姿、イメージできるか(笑)
 でもさ、ただ一点だけど、「君たちをマンマ理解する」という一点だけは、
たぶん世界中の地球上で一番ど。マニアックな一点だけど、その一点において、オレ、「優勝」しちょる。
そしてくり返すけど、それ以外のすべてにおいて、「劣敗」しちょる。
でもって、オレ、暮らしていけちょる。君たちがいてくれるので、生き生きとしちょれちょる。
 ねえねえ、いきなりだけど、「ミカンとアンパンと、どっちがステキと思う?」。



  こう問われて「どっちかな?」と考え始めたら、いけんのど。だってくらべられんのじゃけぇ。
なのに、どうしたってくらべて序列をつけたがるオジサンとかオバハンがおるんよ。
タテ型思考、垂直思考、うえした思考の人たちがいっぱいおる。
 競争主義者なんじゃろうね。富士には月見草が似合うじゃないけど、くらべたり、きそわせたり
するって、ナンセンスだ。野の花は、野に咲くという一点で他のすべてと住みけちょるのに、
なして多くのオジサンやオバハンって「野の花とトンコツラーメンと、どっちが上か?」みたいな
発想で世の中を語るんかね。 君たちは、君たちの中にあるたいせつな一点において、
OKな人生を生きてみたまえよ。他とくらべたり、きそったりすることなく、ね。
その一点は、かなりの確率で偶然が決める。ある時、ふと○○と思った、とか、たまたま見た
ドラマの※※に惹かれた、とか、△△している家の4代目に産まれた、とか、つまりは、偶然だ。
オレが高校2年生の秋に、ふと「学校創りたいの〜」と偶然にも思ってその後の人生が今に至るように、
あんましリキむ必要のない決まりかたで、一点は決まってしまったりする。
 とにもかくにもいずれにしても、一点OK主義で世に住み分けちょるイメージでもって、
世の中に生きる自分を考えてみてくれんかね。そうして見えてくる世の中って、たぶん
弱肉強食のコワイ世界ではなく、I am me!の実感が持てる世の中と思えるんじゃないかと
思えるのであります。
3. 今日のオマケ
 混線しちょる 君たちの未来イメージに関する世の中からのメッセージについて、
オレが思いよることだ。弱肉強食って、ホンマはあるんよ、ゴメンだけど。
ただし、この世の地球上のすべての中の、ごくごく一部分においてのこと。
その一部分とは、地球規模で移動する資本(マネー)と情報に関して。それだけだ。
日本中には100万社くらい株式会社があるんだけど、その100万社の中の0.1%にも足らん
超巨大企業が、地球規模でマネーや情報をやりとりしながら競争をしよる。
世界市場は弱肉強食の戦場だ。たしかに、弱肉強食なんよ。しかし、残残りの99.9%は、
地域とか専門分野で住み分けちょる。もちろん、その住み分けにも、努力とか革新とか
「せっさたくま」とかは必須のことだけど、それって弱肉強食のスーパーゴジラになるためじゃない。
一点OK主義のOKであるためになされる努力であり革新であり「せっさたくま」だ。
そこでは弱肉強食というマネー優先の競争原理ではなく、誠実とか正直とか一生懸命などの、
質的な資質が問われてくる。
 君たちが身近にふれているメッセージは、地球規模でおこなわれている市場での競争が、あたかも
君たち全員を巻き込んでしまうかのように聞こえてしまう。混線しちょるんよ、それって。
それはちがうんだ。去年の文章ロングホームルームで分類したんだけど、「グローバルでハイテク」の
領域だけが弱肉強食の競争原理に支配されているんであって、それはわずか0.1%のグローバル企業の
行動原理にすぎない。そもそも、「地元の総合病院で作業療法士として働く」ということにおいて、
弱肉強食だの競争原理だのって、無関係じゃんか。「ローカルでローテク」が、じゃあ、上か下かって、
それこそミカンとアンパンくらべたり、野の花とトンコツラーメンくらべるようなもんであって。
ありえんよ、そんな議論。
 君たちが、君たちの「
」としてコツコツとタマゴの中からグローバルな競争社会を目指すと
いうのであれば、それはそれだ。オレ、精イッパイ君たちに応えていく。
しかし、世の中はグローバルな競争原理によってのみ成り立っているのではないということも、
十分に知っておいてほしい。競争原理から必然的に導き出される「マネーの分量の多い少ない」、
つまり量的な総量がすべてではなく、誠実とか正直とか一生懸命とかの質的な規準がたいせつとされる
領域が、水平面に広く広がっていることを忘れちゃいかん。
君たちは、むしろ、質的な領域の中で「優勝」してくれたまえよ。
混線したメッセージにまどわされることなく、君たちは、君たちの一点OKをイメージしてほしい。
今日のおまけでした。


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